昨年末に受けた健康診断で、腎機能に問題があり要再受診と言う結果になりました。
正確には昨年末に初めてそういう結果が出たのではなく、二年前に受けた健康診断でも同じ検査結果が出ていたのにそれをすっかり忘れており、昨年の診断で問診の際に先生に『そういえば、前回の診断で再受診となっていた腎機能の件はその後いかがでしたか?』と言われて初めて思い出し、まぁ今回問題がなければいいよね。って事だったのですが、見事今年も「要再受診」という同じ結果が出たという事でした。
二年連続で同じ結果が出た事と、腎臓は悪くなると色々大変だよぉぉぉ。と、怖い話を友人から沢山聞かされたのとで、これは一度きちんと調べたほうがいいなぁ。と思い、年明け早々病院に検査の予約を入れておきました。
なんて話をこの前友達と会った時にしていたのですが、彼女が「健康診断なんてここ何年も行っていないなぁ」と言ってきました。
私は「そんなの駄目だよ!悪くなってからじゃ遅いんだし、お金だってかかるよ。それに肝臓なんかは自覚症状が出にくい"沈黙の臓器"って言われているし(←って健康診断の紙に書いてあったのでそのまま言ってみた)、一年に一回でも定期的にチェックをしておいた方が、自分の体がどういうところに気をつければいいのかわかるし大事な事だよ!」なんてめずらしく尤もな事を言ってるなぁ私。。なんて自分で自分に感心しながら返したのですが、彼女曰く
「なんていうか、そういうのを真面目に受けて、良かったなぁと思うためしがないんだよね」との事なのです。
要は、どこか悪いかもしれないと思って真面目に診断をしても結局悪いところがどこにもない。とか、ある所が「問題がある状態」のように見えるのだけれどもそれは慢性的なものだったりで、自分も既に知っており過去に何度も言われているのだけれども、そこが検査で必ず引っかかってまた同じ事を言われる。などであったり。
という事らしいのです。
真面目に検査をして悪いところが何もなかったら、それは全然良いことじゃないか。と私は思いますが、二つ目のは似たような経験が私にもあります。私はレントゲンを撮ると肺に影のようなものが必ず写り、それは子供の頃に肺炎になった時の痕らしいのですが、毎回検査の度にそれを指摘され、同じ事を説明しながら「面倒くさいなぁ」と思った経験があったので、なんとなく気持ちは分かったりもします。まぁ、それも何年か前に初めてそのことを言われた時に精密検査をして、それが病気ではなく肺炎の痕だと分かったから安心して「面倒くさいなぁ」なんて思えるんですけどね。
というわけで、悪いところはちゃんと調べなくちゃ!ってことで今日病院で検査をしてきました。
で、結果はというと……
何も問題なし。でした。
二年連続で要再受診だったのに、なんだそれ?!ってくらいに、全く何も悪くないという結果が出ました。病院でお約束の、ちゃんと予約をして行ったにも関わらず、1時間待たされて診察時間は5分間。という儀式もきちんとこなしたのにぃ!!!!!先生も喋ることなさ過ぎて、同じ事二回も繰り返しいってたよ(笑)そして、検査するぞ!って意気込みで気合入れて福沢先生を連れて行ったのに、治療費が650円とか笑うくらい安かったです。まぁ、ありがたいけど。。帰りにケーキ食べて帰りました(笑)でもなんともなくて良かった。。うーん、良かった…のか。まぁ、、良かったことにしよう。。
何はともあれきちんと調べて何ともないと分かったので安心でした。やっぱり定期的な健康チェックは大事ですね。と自分に言い聞かせながらもなぜか「あー、こんな事なら別に行かなくっても良かったんじゃ…」と若干がっかり(?)している自分もいたりしました。
元気だからこそ言える「贅沢ながっかり」ですね、きっと。。
付き合いが長くなったり蜜になったりすると、最初は気をつけていたはずなのにだんだんとそれを怠ってしまい、気を抜いて見せなくてもいい事まで見せちゃったりすることがあります。「親しき仲にも礼儀あり」とはよく言ったもので、いくら親しい間柄と言ってもやっていいいいこと、悪いことがあると思います。
恋人との喧嘩を友達の前でしてみたり、親との言い争いを友達や恋人がいる前でしてしまったり、会社だったら、本来会社の方向性を決めるはずの上層部の人間が、意見や方向性の違いなどによって揉めているのをスタッフに見せてしまったり、またはクライアントの前で、同じプロジェクトの人間なのにコンセンサスが取れてないところを見せちゃったり。。
……と、書き出すときりがないけどこういう行為って、見苦しいなぁ。と思います。
揉めること自体は別に悪いことでは無いと思っています。もうちょっとレベルの高い話で「そもそも揉めない様にすればいいじゃん」とか言われたら「はい全くその通りですね」で終わりなんですが、人なんてそれぞれで、自分が思っていることと相手が思っていることが全く同じなんてことはあんまりないので、揉めちゃうのはある意味仕方ないってことで、でも、それがその場で腹が立ったとかの感情を一時的に吐き出して満足するとかでなくて、自分がどうして思ったか、逆に相手はどうしてそう思うのかをちゃんと聞いて話し合って、もしその間に誤解があったとしたらそれはなるべく解く方向に持っていって、そうやってだんだんと揉め事が減って、最終的に揉めなくなってくればいいと思います。(甘いんですかねぇ私。でも今のところそれ位しか出来ないです。)
で、見苦しいと思うのはそれを第三者に見せてしまうことです。
見せることに、何らかの正当性を持った理由があるのなら話は別ですが、単にその場で感情が収まらなかったとか、この納得いかない気持ちを自分ひとりで消化出来ないから他の人にも共有してやるとか、そういうのは見苦しい以外の何者でもないと思います。
まず、それを見てしまった相手は不安になると思いますし、心配をすると思います。やっている本人にしてみれば大したことがない事でも、第三者がどのように見るかまでは決めることができません。「これくらいいつもの事だし向こうもきっと分かってくれてる」なんていうのは勝手な甘えで、例え本当に大事に捉えられていないとしても「あぁ、またやってるよ」とか「あの人はいつもそういうことをする人だから」と、もし本当に揉めなくてはいけない事態が生じたとしても、逆に真剣に取り合ってはもらえないでしょう。
そして、見せられた相手は絶対に良い気分はしていませんし何よりこう思っているかもしれません。
「あぁ、見苦しいなぁ」って。
相手に不安、不快な思いを与えてまでそれを見せる&言う必要があるか? 今ここでやる必要があるか? そもそも怒るような、揉めるような事なのか? 行動にうつしてしまう前に、言葉にする前に、一旦冷静に考えるように心がけたいです。
今日から仕事はじめです。とはいっても、私はフリーランスで仕事しており会社に行くわけでもないので、なんだかまだ正月気分がイマイチ抜けていない感じです。
さて、実家が近くにあるので特に帰省するわけでもなく、正月も三日あたりからもう暇を持て余してしまい本屋に行っていました。
うちの近所の本屋は(どこでもそうなのかもしれないですが、他の本屋の間取りを知らないので)、入り口を入ってすぐのところに新刊コーナー、おススメ、ベストセラーなどが置いてあり、その奥レジのすぐ横というかなり良いポジションに、ここ数年ずっと恋愛のHowTo本、女を上げる(笑)系の本が平積みになっているコーナーがあります。ここ最近だと椿姫彩菜ちゃんや小悪魔Agehaのモデルちゃん、30代が読む雑誌によくコラム書いてるLiliy、そして蝶々さんとかIKKOさんとか(この二人はなんだかんだ言って長いなぁ)後、長い間日本における認知度がかなり低迷されていた『ミス・ユニバース』の名前を再び有名にし、認知度アップに貢献したイネス・リグロンさんの本などなど。そして、そこにはいつもそのコーナーをぐるりと囲むように沢山の女の人がいて、熱心に立ち読みをしております。かく言う私も、欲しい本を決めてレジに持って行く前に「最近はどんな本が人気なんだろう」と、そのコーナーで立ち読みすることが結構あります(笑)
昨日も本屋に行き、読みたかった本を探してレジに持っていく前にそのコーナーの前で10分程立ち読みしてました。すると私の後ろを10代後半~20代前半位のカップルが通り過ぎ、女の子が彼氏に、そのコーナーの中にある本を指して「この本が良かった」と言うような内容を話していました。話の内容からすると『どうしてその恋は終わってしまったの?』的な内容の本を指していたのだと思います。
話の内容はあんまり聞こえなかったのですが、次に彼氏が言った一言だけは良く聞こえました。
「あのさ、終わった理由を考えるだけでなく、長く続いた理由も考えてみたらいいんじゃない?」
…( ゚д゚)ポカーン ←その言葉を聞いたときの私の脳内
その後、二人はエスカレーターに乗って上の階に消えて行きました。
……えっと、なんでしょう、なんなんでしょう!その重い一言は!!全く知り合いでもなんでもないのに、「ちょっと詳しく!!」と呼び止めて30分位問いただしたい気分になったよ!!!ていうか、一瞬口開いたよ。。
人は失敗から学ぶとは良く言ったものですが、それだけじゃないのかもしれない…。と新年早々、20代男子の重ーーーーい一言に考えさせられた一日でした。。
今年も素敵な一年になりますように!
今年の私のスローガンは『マイペース』です。
色々な事を、自分のペースでいい感じにやっていきたいです。
雑誌「ELLE」2009年1月号に載っていた記事より。
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いくら「ドラマが熱い!」と言っても、毎週決まった時間に
テレビを見るのは不可能。忙しい女性たちはインターネットを
使ってドラマを楽しむ。fancastは米国内に限ったサービス
だけど、公式HPでは最新話が無料で見れたり、それを集めた
サイトも。また、iTunesでは過去のエピソードを格安
($1.99~$2.99)で購入できる。通勤時間やランチタイムに
iPhoneでドラマの続きを見るのがトレンドだ。
fancast<http://www.fancast.com>
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試したけど、本当に日本だと見れなかった><
リップスティックジャングル(Sex and the City原作者の最新ドラマ)見たかったなぁ。
今度アメリカ行ったときに試してみよう
それにしても、海外ドラマは本当に面白いわ。
東京ミッドタウン・デザインハブで開催中の「GOOD DESIGN EXHIBITON 2008」に行ってきました。
応募作品に対するカテゴライズ(審査領域と言うらしい)が結構分かれているんですねぇ。
・生活領域
・身体領域
・身体の移動領域
・コミュニケーション領域
・情報の移動領域
・産業・社会領域
・新領域
と、あるそうです。なんのこっちゃ。
今回は、審査対象数3,023に対して受賞数1,067(受賞企業数は635)だったそうです。
既に大賞、金賞など発表されているので、詳しくは↓を見ると載っています。
http://www.g-mark.org/library/2008/award-best15.html
観にいった感想ですが、デザイン的に優れているなぁというものもある一方で「え、これも受賞したの?」と思ってしまうようなものもありました。特に「ロングライフデザイン賞」受賞のものに多くそれを感じました。
確かに、長い間私達の生活において身近であるものが多いですが、デザイン的に優れているか?という観点から見ると、「yes」とはあまり考えない感じで。。うーん、でも「no」というわけでもないんだよなぁ。
長期に渡って形態がほとんど変わらないものは、それがデザイン的に優れているのか、はたまたその形も含めてひとつのブランディングとなっているからなのか、特に消費者が何も言わないから変わらないだけなのか。そもそも「デザイン」って一体何なんだろう。デザインは使う人間の事を考えてなされるものであるから機能的であるという要素は必要だと私は思うけれども、機能だけなのだろうか?
そんな事をあれこれ考えながら帰りました。デザインって奥が深いです。
±0のウォールクロックは文字盤も針も全てが同色で塗られ、凹凸から生まれる陰影はまるでレリーフのような時計です。
時計って、とても存在感があるものか逆にオブジェになり過ぎて元々必要である「時間を知る」事が難しくなってしまうものかのどちらかになってしまうものが多いですが、この時計は壁にかけた瞬間に風景としてすっと馴染み、かつ時計の機能として必要な「時間を知る」部分はしっかりと働いています。
日常の中に溶け込みながら、必要な時にきちんとその役目を果たしてくれるオブジェ的な時計です。
■±0 Wall Clock
プラスマイナスゼロ ウォールクロック
Design:深澤 直人
Size:φ25xD3.4cm
Price:\8,400
スティーブン・キング原作の映画「1408号室」を観てきました。
とても物語的なホラーでした。何度も何度も繰り返される出来事や心の中の
悲しい思い出が恐怖と交じり合うところ、面白いけれども見終わった後になんとなく
心の隅に釈然としないというか、不思議な感覚が残るところ(これも良い意味で)など
キングの良さが出ている映画だと思いました。
映画だと「スタンド・バイ・ミー」や「ショーシャンクの空に」、「グリーンマイル」とかが有名だけど、
やっぱりスティーブン・キングはホラーが好きな私です。
■映画「1408号室」オフィシャルサイト <http://room1408.jp/>
今月号のNumeroにNY MoMAの建築部門、デザイン部門シニアキュレーターのパオラ・アントネッリ氏のインタビューが載っていて、その中ですごくいいなぁ。と思った文章。
デザインは、アートの大衆化だと考えるか?という問いに対して
(略)…デザインとアートは別物。たしかに、使う素材はそれほど違わないし、作品の最終的な形状もそれほどは変わらないけど、決定的に違うのは制作の目的ね。アーティストは、他人に対して責任を負う必要がないわ。つまり、アート作品は、自己表現でもいいし、独自のコンセプトでも、感動を与えるためでもいい。でも、デザインは必ず他人のために作られるものなの。だからといって、デザイナーは必ずモノを作らなければいけないということではなくて、作るのはコンセプトだけでもいいのだけれども、そのコンセプトも他人の生活を良くするものでなければいけないわ。そういう意味で、デザインとアートは違うし、デザインは決してアートの大衆化ではないと思うわ。
すごく納得。自分がデザインの世界で働こうと決めたときに思ったこと「人が喜んだり笑ったり、思わず笑みがこぼれてしまう顔が見てみたい」__そういう事だったよなぁ。という事を思い出しました。Web業界という限られた、1デザイナーのはしくれだけど、自分はこれからもデザイナーとしてやっていきたい。と、改めて思いました。